他人の存在

2025年03月20日

ニ代目のインコのルーちゃんと

暮らして20日。


ルーちゃんと飼い主の距離は、

ほとんど変わらない。


初代のインコは、飼い主の手からエサを与えた日が1週間あったからか、

すぐ手や肩に乗ってくれた。


ルーちゃんは、既にひとりでエサを食べられる状態でお迎えした。だから、飼い主の手はエサをくれることを知らない。

だからかな?飼い主の手を恐れる。


この1週間の差は大きい。


それでも、他人(鳥)と暮らすのは、

一人暮らしとは大違い。


自分とは違う存在のルーちゃんが、

想像できないことをしたり、

変わっていくのを目にするのは、

刺激になる。


ん?

これって会社にも当てはまらないか?


会社の人間関係は、こじれることもある。

しかし、周りの人は、会社の仕事をする人だから、幼児はいないし、日本語がまるでわからない人もいない。


会社の仕事をする人ばかり。


だから、共通の仕事の話をすれば、 

分かり合える。


そうはいっても、個人的な事情は異なるから、ちょっとしたことで、他人との意見や常識の違いがあることも思い知らされる。


自分にとっては、当たり前のことが、

他人にとっては理解すらできないこと

だったりすることに気づかされる。


もし、仕事がなく、一日中家にいたら、

他人から、気づかされたり、刺激を受けることがない。

そうなると、過去のネガティヴな思い出が、何度も何度も繰り返し甦り、

辛くてたまらないだろう。


仕事をして、他人の行為に刺激を受けら何をしようか一生懸命に考えると、

過去をえんえんと思い出す余地はない。


ずっとひとりでいるのではなく、会社に行くのは、ペットと暮らすのは意味がある。
 

何か意味ある?
何か意味ある?